珍しくベロンベロンに酔った柴崎をおぶると手塚は馴染みの店のおかみに頭を下げて外に出た。
そう言えば前にもこんなことあったな、と思いだす。それは手塚が初めて柴崎への気持ちを自覚したときのことだ。確かあのときも笠原絡みだったなと苦笑する。
あのときは確か笠原が部屋を出て行くのが寂しいことに動揺してだったか。
そして今日は結婚をした郁がとうとう寮を出て行く日だった。柴崎はあのとき店に手塚を引っ張り出し「祝福はできる」と宣言した通り郁を笑顔で送り出していた。
むしろ泣いていたのは郁のほうだった。堂上と暮らすのはそれは嬉しそうにしていたが長年連れ添った親友と離れる(手塚にしてみれば官舎なのだからいつでも会えるし寂しいだろうか、と少し疑問にも思うのだが)のは郁にとっても寂しいことなのだろう。堂上は複雑な顔をしながらもそんな郁を微笑ましそうに見つめていた。
で、笑顔で送り出したかと思ったらこれか。
手塚は意識せずに溜め息を吐いていた。
こうやって自分の前で醜態をさらしてくれるのが嬉しいような、はたまたそんな柴崎が自分をどう思っているのか手塚には複雑なところだ。
俺は便利屋か!恋敵は女友達か、と苦笑する。
おい、勝てそうにないぞ。
そんなことを考えてずり落ちてきた柴崎を背負いなおすと背中で意識をなくしていた柴崎が目を覚ました。どうやら今の揺れで起こしてしまったらしい。
ふっと柴崎の笑いを溢す息が手塚の耳元をかすめた。
「手塚ぁ〜あたし手塚にだったらおぶわれても平気なのよ」
お前、耳元でしゃべるな、と言いたいところだが手塚はそれを堪えた。
柴崎は気分がいいらしくこっちの気も知らずにそんなことを耳元で呟く。いや知っていながらこっちの反応を見て楽しんでいるのかもしれない。正直勘弁してもらいたいものだ。
まったく、さっきまで笠原笠原言ってたやつが今更何言い出すんだ、と内心手塚は毒付いた。
柴崎のその一言をどう解釈したものか、今の手塚にはまだ量りかねる。
そう、たまに意地っ張りな柴崎からでてくる思わせ振りな言葉は手塚を困惑させる材料としては十分すぎる。掴めそうで掴めないこの立ち位置が今の手塚の精一杯の立ち位置だ。
俺からお前に仕掛けたらお前は一体どんな反応を見せてくれる。踏み出せそうで踏み出せない、そんな自分を手塚は内心嘲った。
初めて会ったときはここまで完璧なやつがいるものだろうかと思った。
手塚が特別気にしていたわけではなかった。ただ同期でこれだけの美人とくれば噂を聞かないはずもなく、また観察し始めた郁とよく行動を共にしていたことも手伝ってか柴崎麻子という存在を知らないはずもなかった。
最初は崩れることのないその鉄壁な仮面に恐れいった。第一印象はいきなり痛いところを突かれ苦手意識さえ持ったものだ。
そしてなぜ柴崎が自分と正反対であろう郁と一緒にいるのか分からなかった。だが少しずつ関わりを持つにつれて柴崎のその鉄壁の仮面が郁に対してだけ崩れることがあることに気がついた。
郁が査問会に呼ばれたときはさすがに手塚も申し訳なく思った。あのときの自分は柴崎の様子にただ驚いた。同時に柴崎にとって郁がどんな存在であるのかはっきりと気がつくことができた。柴崎とよく呑むようになったのもあの頃からだ。
そして決して柴崎が強い人間であるわけではないということも知った。
だからこいつが傷付かないように守れる場所にいたいとも思う。
自分を呼び出すのはもしかしたら郁と同期であり一番近しい場所にいるからなのかもしれない。それでも今は良いと思った。例え郁の代わりであったとしても柴崎が不安になったときや寂しい時に弱音や本音を吐き出せる存在であれたら。
柴崎は足をぶらぶらさせて背中で楽しそうに笑っている。
「お前は、おぶってやってるこっちの身にもなれ!おとなしくしてろよ…!」
そんな手塚の様子に柴崎はさらに楽しそうな笑い声を上げた。
こいつ…。酔っぱらいが!
「落とすぞ」
「できるもんならやってみたら?」
いつかのやりとりとまったく同じやりとりをしながら郁のいない寮へ一体どうやって柴崎を帰したものか、手塚はまた溜め息を吐いた。
fin.
お題:意地っ張りな君へ5のお題より「守ってあげたい」
三菱榧様主催の企画、秋風ノート様に恐れ多くも“2作目”の投稿をさせていただきました。
別冊T後あたりの手柴を書きました。
甘さ控えめですみません><;そして手塚のほぼ独白ですみませんです;;
何度も思うけれどやっぱり手柴は難しい!><
素敵企画、秋風ノートにはこちらからどうぞ!素敵な作品をたっぷりご堪能くださいw
2008.10.09