カミツレ図書館



     小悪魔レディ





 なんの試練だ、これは。



 堂上篤は理性と欲求とで板挟みにされてその間で激しく揺れていた。
 自分の左隣には焦がれて焦がれてやっと手に入れた、愛しい愛しい恋人がいる。彼女は堂上の腕に自分の腕を絡ませるとピッタリと体をくっつけている。その瞳はとろんとしていて潤みどこか頼りない。
 堂上は隣にいる彼女の顔を極力見ないようにしながら色とりどりの広告がぶら下がる天井を仰ぎ見た。それから彼女に絡まれていない右手を挙げると額にそれを押し当てた。隣に気づかれないくらいの小さなため息を一つ零す。
 確認するようにちらりと横目で隣を見ると視線が合った。
 郁は堂上の顔を不思議そうに見つめ、それからふわりと笑って見せた。上気した紅色の頬は愛らしく、いつもより艶やかな唇に自然と惹きつけられる。堂上はそれを辛うじて最後の理性で踏みとどまった。

 そもそも堂上がこんな苦行に直面することとなったのは数時間前に遡る。
 その日の図書館業務はつつがなく終わり、堂上班は定時で上がることができた。明日が公休だということもありゆっくりするのにちょうど良く、堂上は郁と外食をすることにした。
 外食と言えば大概近場で済ませるのだが、業務をいつもより早めに終われたこともあり、今回は基地から離れたところで食事をすることになった。
 電車を使って2,3駅離れたところの店に入ると2人で食事を楽しんだ。
 堂上はここで自分の見解を大いに後悔することになる。
 明日が公休だということが恐らく堂上の判断を多少鈍らせた。「たまにはお酒が飲みたい」と珍しく言った郁を「飲み過ぎない程度にしろよ」と釘を刺すと、2人して呑みたいものを頼んだ。
 図書特殊部隊での最初の呑み会から郁の酒量は知れたもので、2人で出掛けるときは郁の様子にも気を配っていたので、郁がつぶれるほど酔うことはなかった。だから今回限りは抜かった、としか言いようがない。
 気づいたときにはすでに郁の瞳はとろんとしていた。さすがに完全につぶれるほど酔わすことはなかったが、ここでも堂上は自分の判断を誤ったと今なら素直に認められる。
 堂上の苦行とはそれからだった。帰寮するために2人で電車に乗り込んで、空いている席に隣り合って腰を下ろす。郁は楽しそうに笑みを浮かべながら堂上の腕に自分の腕を絡ませてきた。まるで堂上の理性を試すかのように艶やかに笑う。

 そして、とうとう最後の爆弾が落とされた。

 自分より5pほど背の高い郁は2人で並んで歩いているときにはあまり下から目線になることがない。しかし今回に限っては2人して座っている時点で身長差はさほど関係なく、とろんと潤んだ瞳を郁は下から目線で堂上に向けてきた。
「きょーかん……キスしてほしいな……」
 舌足らずなねだり声で甘く呟く。
 堂上だって今この場でなかったらどんなにか嬉しいか、喜んで郁の望みを叶えてやるところだ。だがそれは堂上のなけなしの理性が押し止める。
 公共の場でさらに衆人が乗り合わせている電車でそんなことを実行に移せるほど堂上の客観は失われたわけではない。もはやこの状況を打破するには堂上が耐え凌ぐことで乗り切るしかなく、苦笑しか浮かんでこなかった。
 どうして今なんだ、と体をすり寄せてこちらを見つめるこの可愛らしい生き物を詰らずにはいられない。二人きりのときなら大歓迎だというのに。いつもは恥じらいもあってかなかなか甘えるということをしてこない彼女が今ばかりは恨めしい。
 堂上は店でここまで酔ってしまった郁をあのとき潰しておくべきだったと今更ながら後悔していた。同時にこのままどこかに二人でしけ込んでしまおうかという不穏な考えが頭を過ぎり、その考えを打ち消すかのように頭を振った。
 酒には強い体質であるが自分も少しは酔っているようだ。言質さえとれていないというのに酔った勢いでどうこうするわけにもいかず、結局堂上がとった最後の手段は隣の郁を極力見ないようにすることしかなかった。それも今の堂上には効果がないと言っても過言ではないのだが。
 こちらに身を寄せ絡んだ郁の体は柔らかく、甘く熱い吐息は堂上の耳元を微かに掠める。崩壊寸前の理性を気力で保つ。恋人になる前ならばその理性は辛うじて保ち続けることができたが、いざ恋人という立場を手に入れてしまうと堂上の理性も限界に近かった。
 今ここでこの苦行から逃れることができるのならばどんなことでもする覚悟だ。正直、ここまでされて耐えられる男は自分だけだと胸を張って言えそうな気がした。
 お前は、俺の理性が底なしとでも思ってんのか、アホゥ。
 胸中で呟いて小さくため息を漏らすと絡んでいた腕が少し緩んだような気がした。
「郁?」
 呼びかけてみると反応は返ってこない。そのうち規則正しい寝息が聞こえてきて堂上はそちらに背けていた顔を向けてみた。
 いつの間にか潤んだ瞳は閉じられ、先ほど可愛らしくキスを強請った唇は緩みを持たせて笑みの形を作っている。
 堂上はほっと息を吐くと眠った郁の髪にさらりと指を滑らせた。郁が嬉しそうにふわりと微笑んだ。思わず堂上の頬も緩む。
 堂上はこれで苦行からも解放されるかと、郁の手を握ると指を絡ませた。





 結局堂上は郁が眠ってからもその苦行から逃れることはできなかった。無防備になった郁にまた違う形で執拗に煽られ続け、自室に戻った堂上はベッドの上に転がり火照った熱を冷ます羽目になった。









fin.








           と、いうことで。私はほんとに堂上いじめが好きだなぁ…^^;いやいや、別に好きなわけじゃ…(うそつけぇい!
           堂上が可哀想でごめんなさいw(笑)
           郁ちゃんは天然の小悪魔ちゃんですvvどじょさんはよく頑張ってると思いますよー
           私的にはこのあとくらいに別冊Tで小牧が堂上の部屋を訪ねるところに繋がる感じでいます。
           相変わらずヤマもオチもなくてすみません;;そしてヤマもオチもないのにまたしても無駄に長くてすみません><;
           きゅんとするSSが書きたい…orz
 
           2009.02.22