今しがた口に運んだアジフライを郁は思わず噛まずにこくりと飲み込んだ。危うくむせかえりそうになる。急いで手元にあったお茶に手を伸ばすと勢いよく喉に流し込んだ。お陰で苦しさがいくらかはましになる。
「で?どうなのよ?」
郁のそんな様子はお構い無しに一人の同期は身を乗り出した。それを拠点に郁を囲んでいた他の同期たちも頷きながら身を乗り出す。
「ど、どうって聞かれても…」
郁が言葉に詰まると囲んでいた郁の同期、女子(主に業務部)たちは自分の定食もそっちのけに興味津々といった態で目を輝かせた。
まだ堂上郁になってからそう日もたっておらず、どうやら同期たちが気になるのは結婚前からあれだけ甘かった堂上夫妻が一体どんな新婚生活を送っているか、ということについてらしい。
その中には自分と同じように新婚でまだ結婚して一年もたっていないはずの者もいるはずだ。確かに郁は堂上と結婚してからまだ一週間ほどしかたっていないが、自分と同じ新婚の者にまで聞かれるのは郁としてはどうにも納得がいかない。それこそそっちはどうなのよ!と問いかけたくなった。
「べ、別に、普通…?」
曖昧に答えると同期たちからは納得いかないといったような反応が返ってくる。
ええ!?だってそんなこと話すのなんか恥ずかしいんだけど。まだ一週間しかたっていない官舎での堂上との生活を思いだして郁は思わず心の中で身悶えした。
するとさっきまで郁の目の前に乗り出していた一人の同期がにやりといやらしい笑みを浮かべた。その笑みに郁は思わず仰け反る。なにか企んでいるとしか言えないその顔が恐ろしい。
「なら、本人に聞いてみたらてっとり早いんじゃない?」
本人にって?まさか篤さんに直接聞くってこと!?
わざわざ業務部の連中が特殊部隊の事務室にまで赴いてそんなことまではしないだろうとは思えども内心多少は焦りを覚える。
恐らくただの好奇心から出た質問であったのだろう。だが必要以上に動揺を見せごく普通に反応できなかった郁を、今はただからかうのが面白いだけだと言う同期たちの思惑に郁はまったく気が付かない。
先ほどの本人に聞くと言い出した同期を止めようとした刹那、郁の予想もしていなかった事態が起こった。
「堂上一正!」
へ!?郁の後ろに目をやっていた同期の一人が突如声を上げた。振り返ってみるとまさかいると思わなかった当の本人と目が合う。
いや、別に聞かれてまずいことなんてないんだけど!ただ結婚したらなんか篤さんの自重がさらになくなったって言うか…。それに私も流されちゃうって言うか…。いや、まさか篤さんが言うわけないしね。ってあたしは何を考えているか!
心中で郁が悶々としていたところで呼びとめられた堂上がこちらにやってきた。
「どうかしたのか?」
呼びとめたのが話したことのなかった業務部の者だったからか堂上は少々怪訝な顔をしている。
「新婚生活は順調ですか?」
多少からかいが入っているようなその問いかけに堂上は一瞬虚を衝かれたように目を丸くした。だがすぐに持ち直すと「ああ、お陰様で」柔らかく微笑んだ。
今度は業務部の同期たちが驚きで固まる。堂上の眼差しは郁ただ一人しか捉えておらず、そして今まで見たこともないような甘い顔を郁に向けていたからだ。
恐らく郁以外に堂上のこんな穏やかに甘くとろけるような笑顔を見たことがある者はいないに違いない。郁は思わず赤くなってうつ向いた。
堂上はそれだけ答えると郁たちに背中を向けて去って行った。
「びっくりしたー!今普通に惚気られた…」
唖然としたような一人の同期の呟きによって固まっていた同期たちもようやくフリーズがとける。
「噂には聞いてたけど、堂上一正、いつもあんたにあんななの?」
驚いたのは郁もそうだ。まさか堂上からあのような反応が返ってくるとは思わなかった。
「堂上一正、本当にあんたにメロメロなのね…」
嬉しいがそれを指摘されるとなんだか恥ずかしくなってくる。
「あたしたちの前であんな風に答えちゃうんだから、こりゃ、新婚生活も想像がうずくわ」
「いいなー!あたしもあんな風に愛されたーい」
勝手に盛り上がりを見せる同期たちに少々恥ずかしさを覚えつつも郁は嬉しさに頬を緩めた。
「あ!柴崎!こっちー」
「ごめん、遅くなって」
ちょうどそのとき遅れるから先に行っててと伝言を聞いていた柴崎がこちらにやってきた。
「いいよー!あ、それより聞いてよ!柴崎!堂上夫妻ったらねぇ…」
「もういいってばー!」
顔を赤くして話を遮ろうとする郁をいなしながら一人の同期が楽しそうに話始めた。
柴崎がそれを聞きながらこれは小牧教官にメールしなくちゃかしらね、などと心中で思っていることなど誰一人として露知らず。
fin.
はい。郁ちゃんだけしか見えてないどじょさんが書きたかっただけです。すみません^^;
そして惚気を言ってー!とw
男子サイドが知りたい方はポチっと拍手してやってくださいませーw
2008.12.12