カミツレ図書館

     ひょんなこと


「ちょっと。おかーさん見てよコレ〜」
 事の始まりは静佳のその言葉からだった。静佳の手に握られているのは堂上の携帯電話。静佳が母親に見てもらいたかったのはどうやらその携帯についてらしい。
 台所にいた母親は「あら、なあに?」と呑気な声を出しながらリビングでくつろぐ静佳のもとへやってきた。静佳が母親に見えるように携帯をかざすと母親はその画面をのぞき込んだ。そこにはかわいらしい二十代らしき女性がこちらに向かってはにかんだような笑顔を浮かべていた。
「まぁまぁ」
 母親は口に手を当ててそう声を漏らした。
「これ一枚だけ写真のホルダに保存してあったのよ〜。コレってもしかすると…」
 静佳がそう言いかけたところで新聞を熱心に読んでいた父親も顔を上げて「なんだなんだ?」とその携帯を一緒になってのぞき込んだ。
「彼女だったりするんじゃない?」
 その瞬間その場にいた三人に大きな好奇心が沸いた。一枚だけの写真を後生大事に保存していることが窺えるところからまず彼女と見て間違えないと三人とも悟る。いやもしかしたら片思いってこともありえるかもしれないが。
「これは兄貴を問いただすべきだわー」
 静佳がそう言った瞬間トイレにたっていた堂上がリビングにちょうど良くやってきた。三人そろってそんなとこでなにやってるんだ、というような顔をしている。
 しかし静佳の手に握られた自分の携帯を見た瞬間慌てて携帯を取り上げた。
「なに人の携帯勝手に見てるんだ!」
 怒鳴り声が響く。ふと携帯に目をやると画面にはあのとき撮った郁の写真が表示されている。慌てて堂上が何か言おうとすると静佳が
「誰よそれー、かわいい子じゃな〜い」
 からかうような口調で絡んできた。堂上はちょっとしまった!というような顔をした。
「お母さんも気になるわ〜」
などと母親が会話に入ってくる。さりげなく父親も母に同意して頷いているのが分かる。
「う、あ、これは…」
などと口ごもってしまった。どうして自分はこんなことになっているのやら。堂上は居心地の悪さを覚えた。言い訳をするのもなんだかおかしい状況だ。
「これは紹介してもらわなくちゃ、ねー」
 静佳はうっふっふと笑って両親に話をふる。
「誰なの?このかわいい女の子は〜。もしかして彼女だったりする?」
「俺に彼女がいたら悪いか!」
 堂上は勢いに任せて開き直ってしまった。そのままプイとそっぽを向く。
「ええ〜。本当にそうなの?こんなに可愛い子がぁ?兄貴の彼女?信じらんな〜い」
 堂上が勢いにまかせてそう言った瞬間三人が質問攻めにしてきた。
「どこでこんな可愛い子ひっかけたの?兄貴」
「ねぇ、篤、どんな子?名前はなんていうの?」
「そもそもの馴れ初めは?」
「いや、だから俺の部下だよ」
 堂上はバツの悪そうに呟いた。
「それだけ?もっとなんか他にないの〜」
 静佳が不満そうにぶうぶう言う。
「それだけも何もあるか!他になにがあるっていうんだ」
「もっとこうさー、そういうんじゃなくって具体的に〜」
「具体的にって、お前なぁ〜」
 堂上は困ったように頭をかいた。両親も静佳の意見に賛成のようで聞かせろと言わんばかりだ。
「…あ〜。素直でいいやつだよ」
 堂上は誰とも目を合わせないように曖昧にだが本当に思っていることを口にした。
「ええ〜抽象的。もっといろいろ〜」
「もういいだろ、この話は終わりだ!」
 全然満足する様子を見せない三人をよそに一方的に話を畳んだ。

 そのまま堂上の中ではその話は終わらせたつもりでいたが昼になってもその話題はまだ家族の中で持ちきりだった。
「ぜひ会って話をしてみたいなぁ、母さん」
「そうねぇ〜」
「兄貴なんかと付き合ってくれてるんだからよっぽど良い子なのね〜」
「だからそれはもういいやつだって言ってるだろ!」
 会話は終わらずにずるずると三人が引きずってくる。それは昼を過ぎても延々と続いた。
「まさか兄貴、人前でキスとかしてこいつは俺の!とかってやってんじゃないでしょうねぇ?」
 静佳がにやにやしながらからかい始めた。
「んなことするかアホウ!」
 怒鳴りながらも動揺とともに少しばかり目が泳いでしまったのは堂上の行動で似たようなことがないとは言い切れないからなのかもしれない。少なくともまだそんなことはしていない、…つもりである。これからする可能性を除けば。
 その様子を見て静佳は吹き出しケラケラと笑い出した。これはやってるな、と笑いが込み上げてきて止まらない。
 堂上の耳がほんのり赤くなる。…小牧に似て非常にやりにくい、そう思いつつも言い返せないのは認めてしまっているようで開き直りたくなった。
「せっかくこっちに帰ってきてるんだから連れてきたらどう?」
「ああ、そうだな。良い機会だ」
「私も会いたい〜」
 終いには口々に勝手なことを言い出す。口を堅く閉ざしていた堂上もここまで話題の中心になってしまった郁の話をなかったことにはできないのだとちょっとばかし観念し始めた。実のところを言ってしまえば堂上自身、郁に会いたいとも思っていたところだったのでどうせここでばれたなら連絡してみるのも手かと
「分かったよ。連絡してみるから」
と家族に少し脱力したように言った。
 そして背を向けて携帯を操作し始める。
 携帯から電話帳を表示し、そこから郁の電話番号を探す。ボタンを押せばすぐに郁の元へかかるだろうその番号を見る。郁の声が聞けると思うと自然と顔に笑みが浮かぶのを止められない。愛しい彼女の笑顔が堂上の脳裏に浮かんだ。あいつ、何してるかな。

「あれは相当溺れてるね」
 静佳はそう呟くとい〜こと考えた、と不敵な笑みを浮かべるのだった。


fin.






           郁が堂上家を訪れたときに静佳さんが明かしたひょんなことをもっと詳しくこんな感じだったのかな〜と書いて見ました。
           本当はもっと堂上が静佳にからかわれて狼狽する姿を在り在りと書きたかったのですが;;何分未熟な私にはこれくらいが精一杯なようで…。
           すいませんっっ!!><;もしかしたら他の方が書いているネタかもしれないので、そしたらそちら様のほうへ流れてください;;
           堂上の名前を篤と書くか迷ったのですが、堂上のほうがしっくりくるような気がしたので堂上教官のことは堂上で書いてます。
           家族間での話なのに堂上ですみません;;
           篤が良かったって人、いたらごめんなさいっっ。とりあえず書いたので満足w
           この後からあの静佳のいたずらになるという設定で書きました。

           2008.04.19