カミツレ図書館

     ふとした幸せ



 昼食を早々とすませ事務室に戻ると事務室内には誰一人として残っていなかった。普段めったに事務室が空になることはないのでその光景はとても珍しい。
 まだ誰もお昼から帰ってきてないんだ。郁は事務室の扉を閉めると自分の席に着いた。時間はまだ昼休みで十分ある。
 そうだ、と郁はまだ手つかずの書類に手を伸ばした。自分は上官の堂上や小牧、また同僚でも手塚ほど優秀でないので三人に比べて仕事のペースは遅い。少しでも進めておこうと思ってペラペラとその書類の束に目を通し始めた。
 誰もいない事務室内はとても静かで少し寂しくも感じる。郁はふと自分の真後ろの席を振り返った。そこはいつも堂上が座って仕事をしている場所だ。郁は書類を机の上に置くと椅子から立ち上がった。堂上の机にそっと近づく。きちんと書類などの整理が施されているのがいかにも堂上らしい。
 今この場に誰もいないということが郁をいつもより少し大胆にさせた。
 誰も見てないしまだお昼休みだからちょっとくらいいいよね?誰に許可をとるわけでもなく心の中で呟くと郁は堂上の席の椅子を引き恐る恐る座った。椅子がキシリと軋む音が静かな事務室内に響く。  恥ずかしいことをしているという自覚はあったが、自然と頬が緩んでいくのは止められない。嬉しさと気恥ずかしさが入り交じりながらも郁は机の上にペタリと自分の頬を付けた。
 教官はいつもここで仕事をしてるんだよね。仕事中の後ろ姿ってかっこいいんだよな。
 いつもは背中合わせに席に着き仕事をしているのでその後ろ姿を見ることはなかなかないのだが館内業務などで仕事をしているとき、チラッとその後ろ姿を盗み見ることがある。
 その大きな背に追いつきたいという衝動が込み上げながらも自分はまだまだだと自覚させられる。
 仕事の時とプライベートの時の堂上はあまりにも違いすぎてまだそれに慣れない郁は戸惑うことも多かったが、自分だけに向けられるその優しくも甘い眼差しは好きであった。そしてそれと同じくらい仕事をしているときの堂上も好きだ。
「えへへ」
 無意識にそう笑みが零れたところで
「何してるんだ?」
 後ろから声がかかった。
「ひゃっ」
 驚きのあまり奇声を一つ上げ郁はぱっと立ち上がった。あまりにも勢いよく立ち上がったので椅子がうるさい音をたて後ろにぶつかりそうになった。
 振り返ってみるとその声の主は事務室の扉に寄りかかってこちらを見ていた。
「ど、どど、堂上教官!す、すみません!今どきます」
 郁はばっと堂上の机から飛び退くように離れた。慌てて椅子も元の位置に戻す。  み、見られた!?今の行動を見られていたのかと自覚した瞬間郁は顔が熱くなっていくのを感じた。恥ずかしさやら気まずさで視線を彷徨わせ何か言い訳を言おうとするが結局何も言うことができずに俯く。
 お、怒られるかな?と思って目を瞑り堂上の次の言葉に備えていると「お前は…」と呟かれた。続きの言葉が気になって顔を上げると堂上は渋い顔をしていた。
 うわぁー。私やっぱりやらかしちゃったんだ。郁の中に後悔の念が押し寄せる。
「すす、すいません!もうしません!ココ、コーヒー入れて来ますね!」
 居た堪れなくなって郁が給湯スペースに向かおうとした刹那堂上に手首を捕まれた。
「きょ、教官!?」
 驚いて振り返るとそのまま引き寄せられ抱きしめられた。
「まだ昼休みだ。俺にも充電させろ」
 耳元で囁かれた。抱きしめられて硬直していた体が堂上の腕に優しく力が込められたことによってゆっくりと解ける。そうされていたのはほんの少しの間だったのにまるで時間が止まったかのように長く感じられた。
 堂上の腕が緩まると郁はその状態から解放された。視線を合わせると堂上が郁の頭に手を伸ばした。郁の耳のあたりから髪をかき上げるようにしてその手が優しく撫でる。そうしている堂上の手から心地の良い温かさが伝わってくる。少し下からの堂上の目線は蕩けるように甘く二人きりの時の恋人仕様のものであった。
 それは端から見ればたいしたことのないように思えるけれど、とても大きな幸せに変わる。
 撫でてくる手からも見つめてくるその瞳からも気持ちが伝わってくるようで郁は恥ずかしくなった。真っ赤になってオーバーヒートした頭で嬉し恥ずかしの叫び声を心の中で上げていると堂上がふっと笑った。
「俺にもコーヒー頼む」
 撫でていた手で郁の肩をぽんっと軽く叩き堂上はそのまま自分の席に着いた。
「はい…」
 郁は小さく頷くと余韻に浸りながら給湯スペースに向かった。自分の顔がにやけているのは鏡を見なくても分かる。幸せな気分に浸りながらマグカップを二つ用意すると、毎日でもしてほしくなっちゃうと笑みが浮かぶのを止められなかった。

 午後の館内業務はいつも以上に気合いが入った。





 fin.





            本当に甘甘大好きですいません!
            郁ちゃんのこんな可愛らしい様子にもう手を出さずにはいられなかったに違いない堂上教官w
            事務室だからなんとか理性は持ちこたえてたんでしょうね!(笑
            そして事務室の外では入るに入れない隊員達がタイミングを見はからってるといい。
            そんで小牧はすごく良いタイミングを見はからって入っていき堂上をいやというほどからかうんだw
            相変わらずこういう展開が大好きな管理人ですいません。
            
            2008.06.10