上機嫌 (危機の郁の「王子様卒業宣言」後あたり)
いつのまにか上機嫌 (付き合い始めた堂郁)
本気 (別冊Tでの郁が酔っぱらって倒れたときの話)
あなただけに (デート中の堂郁)
大嫌い (堂上夫妻。別冊Tあたり?)
手塚が小牧に声をかけたのはちょうど二人で図書館内の警備を終えて事務室に戻る途中のときであった。
「堂上二正、何かあったんですか?」
「ん?何かって?」
しまった、これだけでは意味が通じるわけがない。
手塚が説明を加えようとしたところで小牧が察したようでああ!と思い出したように声をあげた。
「うん、あれは周りから見てもかなり機嫌が良いよね」
「はい」
最近の堂上の様子ははたから見ても浮かれていた。上官に浮かれていると使っていいのか分からないが。
だがそれくらい堂上の機嫌が浮上しているように見えたのだからよっぽど良いに違いない。
「やっとお姫様が今の自分を見てくれるようになったから浮かれてるみたいだよ」
手塚には何の話だかまったく理解できなかったが、とにかく浮かれているということだけは分かった。
疑問符を浮かべている部下に
「分っかりやすいよねー、堂上は」
この一言で片付けるのであった。
その夜。
小牧は携帯電話を取り出すと件名に「報告」と入れた。
「じれったい二人がやっと動き出しそうな模様 小牧」
小牧がそうメールを打って送ると相手からの返信はすぐだった。
「これからが楽しみですね♪ 柴崎」
「あら?どうかしたの、堂上教官」
眉間に皺を寄せた堂上が昼の休憩中にもかかわらず黙り込んで椅子に座っている。
郁と一緒に昼食をとる約束をしていた柴崎が事務室にちょうど入ってきた。堂上の様子に柴崎も気づいたらしくなんとなしに堂上を取り巻く二人に尋ねる。
「機嫌悪そうね」
「そうなのよ、柴崎!今日の堂上教官なんかすごく機嫌が悪いのよ〜」
柴崎が入ってきたことにほっとしたように郁が応えた。他の隊員はすでに昼食に出ていて後には郁と手塚だけがこの微妙な雰囲気の中に取り残されたらしい。
郁もなにやら機嫌を取ろうと努力したらしいが無駄だったようだ。手塚は気まずそうな顔をしている。
原因はなんなのか分からないらしいが上官の機嫌が悪いままのこの状態は部下二人にとっても気まずいらしかった。
「柴崎、何とかならないかなー、この微妙な空気」
郁はほとんど柴崎に泣き付くように言った。
対策はないわけでもない。柴崎は昨夜の出来事をふと思い出した。
「そうね、なら私にまかせなさい」
そう自信げに応える柴崎に手塚も驚いて柴崎の顔を凝視した。
「柴崎行きま〜す」と言って堂上のいる机に向かって軽やかに歩いていった。
郁と手塚はその様子を遠巻きに見ていた。
柴崎が堂上に何かを話しているようだったが事務室の入り口付近でかたまっている郁と手塚にはその話し声は聞こえない。
すると話が終わったらしい柴崎がこちらに舞い戻ってきた。
堂上の様子を窺うと明らかにさきほどの雰囲気が和らいでいるのが分かった。郁と手塚は顔を見合わせた。
「何言ったの?柴崎」
「んー?企業秘密」
「なんだ、それ?」
柴崎は二人の問いかけを流すと「昼休憩、終わるわよ」と言いそのまま先に事務室を出て行った。
*
「堂上教官」
「なんだ、柴崎か」
「いいこと教えてあげますよぅ?」
「は?なんだ、いきなり」
「昨日、笠原が寝言で『堂上教官大好き〜』って言ってましたよ」
「………なんだ、それは…」
「いえ、別に。まぁそれだけですけど。んじゃ、失礼しますー」
「何しにきたんだ、あいつは」
堂上の頬はいつの間にか緩んでいた。
風呂から出て自室に戻るとドアの前に静佳が寄りかかっていた。堂上は何か用事であろうかと声をかける。
「どうした?」
「兄貴が郁ちゃんのことを好きになったの分かるわ〜」
「は!?」
なんの脈絡もなく切り出された話に堂上は思わず素っ頓狂な声を上げた。
「あんな可愛い子だったらたとえ部下でも手出しちゃうわねー」
「部下でもってお前なぁ…」
「兄貴が上官じゃなくて他の人が郁ちゃんの上官になってたらその人が郁ちゃんと付き合うことになってたかも」
そこで静佳が意地悪くにやりと笑った。
確かに自分が郁の上官になったのは玄田の陰謀であり、それがなかったら自分は郁の上官になっていなかっただろう。もしかしたら静佳の言う通り自分ではなく、郁の上官になった他の男が郁と付き合うことになっていたかもしれない。今じゃそう考えるだけでも吐き気がする。
自分でもどうしようもないくらい郁に本気で惚れているのだ。
「大丈夫よ、兄貴」
先ほどの話とつながらない言葉に堂上が怪訝な顔をすると
「あたしがもし兄貴の立場だったとしても間違いなく郁ちゃんに手を出すわ」
そこで静佳はにやりと笑った。アホゥ!と思わず怒鳴りそうになって堂上は慌てて口をつぐんだ。自室には郁がいる。
「なんのフォローだ!それは!」
声のトーンを抑えて静佳に言うと
「だって兄貴ったら郁ちゃん見てるときべったべたに甘いんだも〜ん♪兄貴郁ちゃんにベタボレねー」
俺がいつそんな顔した!!堂上が動揺しながらそう言おうとした刹那それを遮るように「兄貴捨てられないようにねー」と静佳が愉快そうに言い堂上の部屋から去っていった。
まぁ私の見る限り郁ちゃんも兄貴にベタボレだからそんなに心配ないと思うけど。万が一郁ちゃんが堂上家にお嫁に来ないってことになったらやだし、これくらいは言っておかないとね。兄貴は小牧さんと違ってこっち方面不器用だし。
今まで付き合った人もいるであろう堂上が一度もまだ彼女なんて家に連れてきたことなどなかったのだ。もういい歳だということもあるかもしれないがそれだけ堂上の本気のほどが窺える。
そうかそうか。郁ちゃん年下だし可愛いし
「あたしあんな妹欲しかったのよねー」
静佳はそう呟くと軽快な足取りで階段を下りていった。
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風呂から出た堂上を待ち構えていたのは…?
静佳さんがミッションインポッシぶった後くらい。
どうしようもなく、自分でも自分の気持ちを収集できない。
相手も私のことを思っていてくれて。両思いだなんて初めてのことだし。
誰かと付き合うのだって私には初めてのこと。だからなのかな。どうしようもなく、とめどなくあふれ出すこの“大好き”の気持ちは。
こんなことを教官に話したら笑われるかな。私が「大好き」と言えば教官は柔らかく微笑んで「ああ。知ってる」そう返してくれる。
それだけで幸せで。こんなに幸せでいいのかな、私。
ずっとこの人の手を離したくないと思う。ずっとこの手を離さないでいてほしいと思う。繋ぐ手に少し力を込めると教官が私を振り返った。
「どうした?」その優しい眼差しに思いがまたあふれ出す。
「堂上教官、大好きです」
些細なことで郁と喧嘩した。
喧嘩というより郁が一方的に怒っているというのが正しいのだが。
それは他人からみれば本当に些細なことで。小牧に言えば「まさか堂上から惚気を聞かされる日が来るとは」などとからかわれることだろう。
それほど些細なことであるのだが当の本人には重大なことだったらしい。
結婚しても乙女思考は健在か。堂上は心の中で苦笑した。
昨日から郁は自分と目を合わせようともしない。参った。この状態がずっと続くのではさすがに堪えられない。篤は強硬手段に出ることにした。
リビングのソファに座り込み読書をしている郁の前に立つと篤は少し屈みソファの背に左手をついた。右手で郁の顔を上げさせるとそのまま口づけた。郁が篤の胸板を叩いて抗議しているのが分かったがそのまま激しいキスに変える。しだいに郁の拳が緩まりソファの上に力なく落ちた。タイミングの良いところで唇を離すと下から涙目の郁に睨まれた。
「篤さんなんて大嫌い…」
紡ぎ出された言葉は篤にとってとても痛い言葉であった。だがそれとは反対に響きはこちらが目眩をするほど甘くそんな言葉は嘘なのだということが容易に見抜ける。
郁も仲直りのタイミングを掴みかねていたのかもしれない。
「大嫌いで結構だ」
篤は言うと郁の手を引き抱き寄せた。
拍手の再録ですー。溜めててすみません。><;
順不同です。すみません。拍手にした日付を忘れてしまっているので;;
2008.09.28 再録 加筆訂正有り